鈴鹿墨の発祥は、延暦年間とも言われ、鈴鹿の山々に産した肥松(こえまつ)をたいて (すす)を取りこれを原料として墨を作っていたと伝えられています。

江戸時代になり、徳川文化の隆盛は(かみしも)の流行と小紋の発遣を促し、元祖のころから諸大名の家紋の制定と掴まって、 家紋を書く上で上質の筆墨を必要とし、寺子屋の発展とともに需要も激増また、紀州領土となると、紀州候から保護と厚遇を受けるようになりました。

鈴鹿墨は墨染め用又は紋書き用として、より精度の高い高級な墨をとの需要に答えて開発され、その後文房(ぶんぼう)としての用途が多くなり、 それまでに培った高度な技術力と高い品質を結集し、あまたの銘墨(めいぼく)を併せて作るようになりました。

そのため鈴鹿墨に高級墨(本筋物の原料を用いた純松煙墨、純油煙墨等の銘墨)が非常に多く見出されております。 また鈴鹿は製墨に必要な原材料の入手がたやすく、また弱アルカリ性水質により(にかわ)のゼリー強度(凝固力)、粘度(ねばり、どろつき)を最適の状態にできるなど、 地理的及び気候風土の諸条件に恵まれております。

そのため作品創作時の発墨(はつぼく)が実によく、上品で厚みがあり、基線とにじみが見事に調和します。 また紋書の特儀(分子が細かく紙・絹への墨の定着度が高い)を発揮できるのも鈴鹿墨ならではのことです。

鈴鹿墨は、地理的、及び気候風土の諸条件に恵まれているため、作品創作時の墨の発色が良く、上品で深みがあり、基線とにじみが見事に調和します。

さらに現在の鈴鹿墨は、墨下りが大変なめらかで書道愛好家に幅広く使用されております。

鈴鹿墨を染物の染料や塗料として使うこともできます。

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